自転車トラック競技で活躍中の梶原悠未さん。2021年は東京五輪・世界選手権・チャンピオンズリーグに出場し、日本だけでなく世界に活動の場を広げています。欧州と日本を拠点にトレーニングを行っています。23年5月の全日本選手権では5種目優勝、6月アジア選手権では4冠を達成しました。その母であり、マネージャーとして食事の管理などに携わる梶原有里さんの連載の第5回目。今回は、特に海外遠征時に、悠未さんがベストコンディションでレースに臨むためにどのような食事の工夫をしているのか。食文化の違いなども含めて、「食事法」をうかがいました。 (2022年7月26日公開、2024年3月29日更新)
[ 梶原有里、世界への窓 第5回 ]
世界的アスリートが実践する海外遠征時の食事法
2022年の上半期の悠未は、スイス、スペイン、イギリス、ベルギー、フランス、カナダなど、欧米を中心とした海外遠征をつづけています。前回のコラムでは、海外のレースに向けて準備するなかで、悠未と私が最も大切にしていることのひとつに「食事」があるとお話しました。今回は、悠未が現地でどのような食事の工夫をしているかを、苦労する点もまじえて、食事法を紹介していきます。
まず、海外遠征においては「食文化の違い」がかなり大きいです。特に欧米では、油ものや小麦を使った食品が多く、お肉はあってもお魚は日本のようになかなか手軽には食べられません。私は、日本人の体には魚などの海産物が合うと考えていて、お肉よりお魚の方が、消化の負担も少ないと悠未も実感しているようです。
他にも、栄養バランスの観点から、悠未は日頃から果物を食べるようにしています。ただ、海外ではそれでも口内炎ができたり唇が切れたり、困ることがあります。私は「ビタミンCだけでなく、BやEも足らないのでは」とアドバイスをするのですが、そのようなビタミンが補えるレバーやあさりなどの食材は、欧米ではなかなか入手が難しいものです。ですから、海外遠征時に栄養バランスを考えた食事を用意するのは、一苦労です。
さらに欧米の食事にありがちな「脂質過多」にも、選手としては気をつけなければなりません。悠未は海外遠征時にお米を必ず持参して自炊します。このように、常に脂質をとりすぎない工夫をしています。
海外ロードレース時の夕飯(左)と当日の朝ごはん(右)
海外では「物価の違い」にも苦労します。たとえばスイスは物価が非常に高く、ちょっとしたカフェで2000円、マクドナルドのセットが3000円といったように、くらくらするような価格です。悠未もあまりの物価の違いから、買い物をしばらく躊躇していたようですが、栄養不足のためだんだんと体重が落ち、体の調子も悪くなってしまいました。
自転車競技は過酷で、エネルギー消費が大きいため、悠未の場合はそれこそ一日5食ぐらい食べないと栄養が足らなくなってしまいます。所属チームの寮で提供される食事のほか、自分自身でも食事を補う必要がありますから、食材の購入については、「高くても目をつぶって買い物をしなさい」とはっきり伝えました。価値観を変えるのは悠未にとって大きなことだったようですが、最近はようやく慣れてきたようです。ちなみにこの前は、2切れで2000円する鮭の切り身を買ったと言っていました。
悠未から海外の食事事情を聞いていると、やはり日本は幅広いなと感じます。日本には和食はもちろん、中華も洋食もあります。和食のほとんどは保存が効き、腸内環境にいいものばかりです。
こうした食文化の違いによってコンディションに影響を受けるのは、日本人に限りません。悠未によると、他の国の選手でも、食文化の相違が体調に与える影響をあまり意識できていないために、具合を悪くしている選手も少なくないようです。やはり、選手がベストコンディションでレースに臨むには、「食」に関する知識が欠かせないようです。
国籍に限らず、個人個人のレベルでも、食事の工夫は異なります。たとえば、悠未の場合は、エネルギー消費が他の選手よりも早いようで、より多くのカロリー摂取が必要になります。先日出場した98kmのレースでは、前日の夕食と当日の朝食もしっかりとったものの最後までカロリーを保てず、レース途中に栄養バーで補いました。このように、100kmを超えるレースでは、前日に相当な量をたべないとカロリーが途中で不足してしまいます。「レース前はそこまで逆算しながら食べないといけない」と、悠未本人も言っていました。
このように、食事がアスリートのコンディションに与える影響は多様で、いくら工夫をしても終わりがありません。それぞれが各自にあった食事法を試行錯誤しながら編みだすのが大事です。これからも悠未と対話をし、工夫を重ねながらともに歩んでいきたいと思います。
執筆:梶原有里 / Kajihara Yuri
プロフィール
自転車競技で活躍中の梶原悠未選手の母であり、マネージャー。2児の母として子育てに取り組むとともに、長女、悠未さんのサポートを通じてスポーツ・マネジメントを学ぶ。現在は、悠未さんのマネージャーとして、練習のサポート、取材の対応、そして毎日の食事の管理に携わる。スポーツフードマイスター。アスリート栄養食インストラクター等の資格を取得。JADP認定メンタル心理上級カウンセラー。
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【バックナンバー】
[梶原有里、世界への窓 第1回] 銀メダルからの挑戦
[梶原有里、世界への窓 第2回] マネージャーとして母として“食の大切さ”を思う日々
[梶原有里、世界への窓 第3回] 世界的アスリートの子育てポイントは「体験」と「興味」
[梶原有里、世界への窓 第4回] 世界的アスリートを育てた食事法
[梶原有里、世界への窓 第5回] 世界的アスリートが実践する海外遠征時の食事法(現在の記事)
【梶原有里 イベント・レポート】
自転車アスリートの食事を梶原有里さんに学ぶ ~KOSMOST発酵ダイアログJANレポート
【梶原有里さん、梶原悠未さん インタビュー連載】
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