ライブラリー 019
『生物から見た世界』
ユクスキュル/クリサート著, 日高敏隆・羽田節子訳, 岩波文庫, 2005年6月16日
時を経て再評価されている、「環境世界(環世界)」を唱えた科学古典
なんと、本書が発行されたのは約90年前の1933年。著者のユクスキュルはドイツのハイデルベルグ大学で動物比較生理学の研究をしていた時に、「環世界」の発想に出会ったそうです。環世界とは、環境の中にいる生物たちが独自の知覚と行動で、意味のあるものを選び出して世界を作っているという考え方です。
この発想は主観的産物に着目していることもあり、当時は科学的ではないと評価されなかったようです。時を経て、現代。多様性という概念を深堀するきっかけとして「環世界」に触れることで、視点が広がります。
訳者は日本語訳を今までに2回著したそうです。1990年代の1回目には反応が薄く、今回取りあげた2005年発行版は出版して直ぐに増版が決まり、世間の反応が変わってきているのを実感したそうです。科学において、客観性と主体性の双方が大切だと皆が感じ始めたのかもしれません。ちなみに“はっこうちゃん。”が2022年に購入した時は第29刷になっていました。
同じ空間でも、「環世界」が異なると、識別される内容は全く違う
ある家の部屋を例に考えます。「人間」にとっての部屋と「イヌ」にとって、又は「ハエ」にとっての部屋は、認識要素が異なります。
人間が見るといろいろなものがある部屋が、犬から見るとあるものしか無い部屋に見えるし、ハエから見るとさらにもっと少ないものしか無い部屋に見える。つまり、これはハエの環世界なのです。”
(日高敏隆、本田財団レポート No.111「環境と環世界」)
本書は言語だけでなく視覚的にも「環世界」とは何かを表示しています。生物学や化学に明るいクリサート氏によるイラストです。同じ空間が生物それぞれにとって、どう認識されているかの比較画像が多く登場します。ハエの環世界について紹介しましたが、著書には、真ダニから大小動物まで様々な環世界が紐解かれており、私たちの住む環境にも多種多様な環世界があることがわかります。
ところで、真ダニの環世界についていえば、哺乳類の皮膚からただよう酪酸のにおいが、大切な信号です。ですが、人間にとっての酪酸は異なる意味をもちますね。腸活に役立つ微生物といったところでしょうか。
人間にとって快適な環境は、共存する生物にとって快適な「環世界」か?
われわれ人間が動物たちのまわりに広がっていると思っている環境(Umgebung)と、動物自身がつくりあげ彼らの知覚物で埋めつくされた環世界(Umwelt)との間に、あらゆる点で根本的な対立があることは明らかである。(本書)
わたしたち人間は生物の中で唯一、自然を支配しようとしてきました。その結果、起こしたのは、地球環境問題です。自分たちの目的に合わせて快適な「環世界」を作ろうとしてきました。一方で、主観による「環世界」で考えた時、人間が今呼吸している環境の中に本当に多様な「環世界」が同時に存在しています。たとえば、目の前を飛ぶ虫の「環世界」、見えない微生物の「環世界」などなど。
本書は、人間中心の環境に偏るのではなく、もっと広い視野で環境を捉えるきっかけを与えてくれる、色褪せない科学の古典です。
【微生物とよく暮らすKOSMOSTライブラリー:バックナンバー】
001:『見えない巨人―微生物』
002:『細菌ホテル』
003:『マイクロバイオームの世界――あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち』
004:『微生物のサバイバル1・2』
005:『日本発酵紀行』
006:『腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか』
007:『あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた』
008:『ととのう発酵』ディスカバー・ジャパン2021年7月号
009:『もやしもん』
010:『最終結論「発酵食品」の奇跡』
011:『世界一やさしい!微生物図鑑』
012:『腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ』
013:『図解でよくわかる 土壌微生物のきほん: 土の中のしくみから、土づくり、家庭菜園での利用法まで』
014:『土と内臓―微生物がつくる世界』
015:『ノーマの発酵ガイド』
016:『生物と無生物のあいだ』
017:『発酵の技法 ─世界の発酵食品と発酵文化の探求』
018:『人体常在菌のはなし ── 美人は菌でつくられる』
019:『生物から見た世界』(現在の記事)
020:『麹本: KOJI for LIFE』